REPORT (CATALYST BA)

[report] EDGE TOKYO DEEPEN vol.2 |ART + AREA RENOVATION

分野   

Post : 2016.08.17
Permalink : http://catalyst-ba.com/archives/3990

2016年5月からスタートした、まちづくりにフォーカスした実証プロジェクト「EDGE TOKYO DEEPEN:深考する都心周縁部」。第2回目となる今回は、カタリストBAを飛び出し、二子玉川ライズの緑地化された屋上広場「原っぱ広場」にて開催されました。

屋外の開放的な雰囲気のもと、アートとまちづくりの関係性について、多様な観点からトークが展開され、素晴らしい雰囲気のもと会が進行しました。
そして前回に引き続き、トークセッションの内容をリアルタイムに視覚的に伝えるグラフィックレコーディングを実施!


▶︎Tokyo Graphic Recorder
 (清水淳子 Junko Shimizu)

屋外ならではの環境で描かれたグラフィックレコーディングを、速報レポートとして掲載いたします!

まちづくりというテーマにアートがどのように関わり、どんな可能性があるかなど、ゲストのアートディレクター・芹沢高志氏と、現代芸術活動チーム・目のアーティスト・荒神明香氏とディレクター・南川憲二氏とともに、様々な事例を交えながら、濃密なトークセッションが行われました。

風が吹き日が暮れるという、リアルタイムで都市や土地を感じることができる野外会場は、二子玉川周辺の未来を想像する舞台としてはぴったりのシチュエーションになりました。

Photo by YUTARO YAMAGUCHI
http://www.yutaro-yamaguchi.com/

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(以下、詳細レポート)

キックオフの前回から約2ヶ月後の、7月18日。2回目となるEDGE TOKYO DEEPENが、二子玉川ライズの緑地化された屋上広場「原っぱ広場」にて開催されました。毎回いろんなテーマを切り口に開催されているEDGE TOKYOの今回のテーマは「ART + AREA RENOVATION」。ゲストに、これまでアートの力でまちと人の新しい関係性を築いてきた実践者として『』の荒神明香氏と南川憲二氏、そして『P3』の芹沢高志氏を迎え、トークセッションが始まりました。

まず最初にゲストの方々のプレゼンテーションから…始まる予定だったのですが、空が明るくプロジェクタースクリーンが映らなかったために、急遽、まずはなぜお三方をお招きしたのかを、進行役である馬場正尊氏、そして田中陽明氏にご紹介いただきました。

外の空気に虫の音色、ビール片手に芝生の上ということで、会場は非常にリラックスしたムード。座談会形式のラフな感じはまるでちょっとした野外フェスのようで、とても心地よい雰囲気でした。

馬場氏「まずは芹沢さんについてご紹介すると、彼は僕の生き方に大きく影響を与えてくださった方です。この二子玉川におけるアートと都市について、これまでとは違う問いがあり得るのだろうか?と考えた時、芹沢さんが思い浮かびました。
 『目』に関しては、作品が、一歩引いた視点から今の状況をポジティブに変換するという独特の雰囲気を感じていて、そんな二人が二子玉川に来たらどういう妄想をするんだろう?と楽しみで、お呼びしました」

田中氏「芹沢さんがディレクションされたアート展では、関わった人たちが育っていって、またその人たちがその後も影響を受けた活動をしている。このEDGE TOKYOという場に関して、実態として活動を残していきたいと思った時、芹沢さんのことが浮かびました。
 『目』のお二人に関しては、ニュートラルに物を見つつ、表現がぶっ飛んでいる(笑)。そういう感じは共通言語として一般の人が理解しやすいと思うので、今日はアイディアをいただければと思っています」

馬場氏、田中氏による紹介を一旦終えた後、今度はゲストのお三方に、これまでのバックボーンやルーツについて、また二子玉川に関して思うことをざっくばらんに語っていただきした。

まずは芹沢氏から。

芹沢氏「僕は、今はさいたま市がこの9月に開催する『さいたまトリエンナーレ』のディレクターをやっていて、普段はそういった、現代アート関係のプロデュースやディレクションをやるのが仕事になっています。
 元々は『生態学的地域計画』という仕事をしていて、その後フリーになり、新宿御苑前の東長寺の伽藍を新しくするプロジェクトに偶然加わりました。境内の地下を掘りぬいて講堂を作り、寺が使っていない時に現代文化施設として使えるようにしたのですが、その実際の運用やディレクションをやることになったので、P3というチームを作りました。最初は片手間でやって、建築や環境の世界に戻るのかと思っていたのですが、アートの方に行って引き返しがつかなくなっちゃって(笑)、今に至っています」

「二子玉川については、駅からこの会場(二子玉川ライズ)まで歩いてきただけですが、ちょっと綺麗すぎるかなという印象です。真面目な話をすると、最近、想像力がどんどん萎縮して低下しているんじゃないか?という危機感を抱いていて、埼玉もそうですが、二子玉川のような生活の現場において、いかに想像力を切り開く場所を作るかということを考えているのです。そういう意味では、もう少し破綻している場所や、汚してもいい場所を考えるのが重要かなと思いました」

次に、『目』のお二人。一体、『目』の作風はどのようにして生まれたのでしょうか。

荒神氏「学校で教わることに限界を感じていたんです。教えられたことに対して感覚的に疑問に思ったので、それを確かめる実験をしては、友達に見せていました。考えることって凄く面白いのに、分からないことは誰も教えてくれない。だから自分で確かめるしかない、というのが今でも原動力になっています」

南川氏「僕は荒神がキャッチしてくるものを受け取って、確かめる役割です。荒神が疑問に思っていることは、多分一般的な感覚でも伝わると思っていて、色んな人が荒神の言うことに共感するためには、もう一つクリエイティビティが必要で。これは作品になるんじゃないかっていう感覚(=荒神氏)と、今回の作品はこれでいこう!っていう感覚(=南川氏)、この二つでできています」

荒神氏「二子玉川は、どこでもない場所というか、特徴のない場所という感じがします。オシャレなお店もあって、気が向いたら川辺にも行けるというこの景色は、とても機能的に見えます。そんな中で、今、この時代の、この風景を感じとれるようにするためにはどうしたらいいのか?と考えると、例えばこのビルのことを山だと思う、とか」

南川氏「荒神の世界観としては、ビルも山も同じ物質の粒子の集積でできているわけなので、ただ粒子が移動して今はビルになっているっていう」


馬場氏「そうか、山も建物も、自然も人工もないってことなんだね。今一瞬、この状況、この状態であるというだけで…。
『目』の作品を見ると、言葉にならないんですよ。その不思議な感覚の塊だけ持って帰るという感じだけれど、なるほど、そういう捉え方をしているのか」

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色々なお話を聞いている内に、いつの間にか日が沈んできて、会場がうっすら暗くなってきました。どうやらスクリーンが映りそうだということで、ここからは芹沢氏と『目』のお二人のプレゼンテーションをお聞きしました。

再び芹沢氏のお話から。

芹沢氏「先ほどもお話しましたが、生態学的地域計画をやった後、東長寺の400年記念事業に関わり、色んなアートプロジェクトを行っていました。10年間そこにいた後は外に出て、実際に興味のある場所に出向いていって何かやる、ということを始めました」

この後、芹沢さんが関わられたプロジェクト(デメーテル、アートサーカス混浴温泉世界)についてご紹介いただきましたが、そのどれにも共通しているのが、その土地がこれまでに積み重ねてきたものや風景をアートによって浮かび上がらせる、ということでした。

芹沢氏「さいたまトリエンナーレの話が来た時に、周りの埼玉在住・出身の人に、埼玉はどういうところか?と訊いたら、みんな『なんにもない』って言うんですよ。逆に興味を引かれて実際に行ってみたところ、ある意味で何でもある場所、つまり生活の現場だったんです。
 さいたまトリエンナーレは、生活都市における想像力の祭典です。日々生きて行く日常、生活の現場の中で、小さくてもいいからハッとするような体験ができるような、そしてそこから想像力が広がっていくような場を作っています」

「生活の現場における想像力の開拓地は、本当に小さなもので良くて、僕個人の経験から言うと、台所・ガレージ・プレハブ。散らかしたり、汚したりしてもいい場所っていうのが、やはり必要です。
 最初、僕らのチームは東長寺を作る際にできた建設現場用のプレハブにいて、そこにはお坊さんも、現場の作業員も、アート関連の人もいる。この、普段出会わないものが出会っていく場という精神を忘れないために『プレハブの3階』から頭文字をとって『P3』という名前にしました」

馬場氏「芹沢さんは、作品を置くのではなく、現場を置くっていうタイプのディレクターさんなんですね。確かに言われてみればそうかも。多種多様な人々がやってきてそこで何かを企む、その風景自体が多分最もアートなんでしょうね」

次に、『目』のお二人から、これまでの活動についてお話を伺いました。

南川氏「僕は昔wahという活動をしていまして、まちの人に出してもらったアイディアを、まちの人と一緒に形にしていました。やっているうちに僕はもっとアイディアが欲しくなってきて、一方、荒神は荒神で作品を作って(別で)アーティスト活動をしていたのですが、どうしてもアイディアを実現するためには、膨大な手作業が必要になってきていたんです。そこで、一緒に『目』としてやることになりました」

この後、まちの話と関係があるかもしれないということで、『おじさんの顔が空に浮かぶ日』という作品についてご紹介いただきました。それはかつてwahで南川氏がされていたように、荒神氏の見た夢をまちの人とともに実現していくという、プロセス自体が作品となるようなものでした。

南川氏「2年間かけて作ったんですが、まず最初の1年は作品となるおじさんの顔を集めるために『顔収集センター』というのを作り、200ほどの顔を集めました。最初は素通りだったまちの人もその頃になると段々集まってきて、ワークショップや浮かべる顔を決める会議なども白熱したのですが、その後制作上の行き詰まりも相まって、停滞状態に。
 そんな時に、集まりに来ている人たちに、なぜこの作品に集まっているのか?という自己紹介を一人ずつしてもらったら、思ってもみない本音が聞けまして。そこから再び大きくプロジェクトが動き出しました。
 その後実際に作品を作る時も、おじさんの顔を転写する60何万個の点を打つという作業を、宇都宮の方々と一緒に3か月くらいかけてやりました」

馬場氏「デメーテルの時に、蔡國強(さいこっきょう)さんが『アートは大変でワケが分からないほど、あらゆる人が意味なく巻き込まれ、そして誰も止められなくなる』と言っていて、それが、アートと計画的なプロジェクトとの違いだと思うのです。この作品も、荒神さんの妄想を色んな人の人生を巻き込んで叶えたんですよね。
 あと顔収集センターって、先ほど芹沢さんが仰っていた現場にあたる、いわば現場小屋。その現場が街に2年間あり続けたことが、まちにとって重要だったんじゃないかなと思います」

ここで、前回に引き続きグラフィック・レコーディングをしていただいたTokyo Graphic Recorderの清水淳子氏から、一言。

清水氏「どのお話にも共通して感じたのが、計画を、しないと実現しないけれども、しすぎてしまうと失われる何かがあるということ。『目』さんの作品も、効率的にやればおそらく2週間くらいでできるところを、現場を置き続け、まちと協力して2年間かけて作ったことに意味があったんじゃないかな、と思いました。
 私も今日、この芝生の上でやるって事前に聞いてはいたのですが、いざ実際にやってみると、段々暗くなっていくこととか、地面に膝をつけると湿っている土があったりすることを忘れていました。こういう感じ取る力みたいなものがどんどん失われている時に、アーティストの方々が提言されることが、これから益々重要になってくるんだろうなと思います」
(グラフィック・レコーディングの詳しい様子はこちらをどうぞ)

清水氏によるまとめを受けて、パネリストの皆さんも話のまとめに。
ひと昔前までのパブリック・アートは、アーティストの作品をまちに置くことでその価値を高めるというスタイルでしたが、今はもう、そうじゃない。改めて「パブリックとは何か」ということが問われている中で、アーティストの見つけた感じ方を、現場を作っていろんな人を巻き込むことで実現していく。そのプロセス自体に意味があるんだろうな、というような話をされていました。

その後は会場にいる皆さんにもご質問いただきつつ、前回パネリストとして登壇されていて、実は今回も会場にいらっしゃった伊藤香織氏より一言いただきました。伊藤氏は『東京ピクニッククラブ』という活動もされており、本日は本格的なマイ・ピクニックセットを持ってご参加されていました。

伊藤氏「昔、芹沢さんに話を聞きに行った際に、アートというのは問題解決型ではなく問題発見型で、アーティストというのはそれを感じとって発信するラジオみたいなもの、と仰っていたことを思い出しました。『目』さんは、この問題発見する人と拡張する人が分かれているから、お話を聞いていてアーティストの役割というのが明確に見えました。
 冒頭で、二子玉川に関して、芹沢さんが古いものと新しいものを繋いだ方がいいんじゃないかと仰っていましたが…今日のお話を聞いて、この場所でこれからどういう風に地域と出会って、身体的に体験していくことができるかというのを考えるヒントにしたいです」

田中氏「今回、このシリーズのテーマを作りたいと思っていたのですが、やはりキーワードは『現場を作る』ということかなと思いました。この先の回では、まちに開かれた、まちを感じる場をどう作っていくかというのを東急電鉄さんと共に企画していこうかなと思います。
 次回は川辺でやろうと思っていて、できれば川にタクシーを走らせ、この近くに乗りつけて、船着場みたいなものを作ることができればなと思っているのですが、こういうアイディアってアーティストだから実現できることだと思っているので、また関わっていただけたらなと思います」

今回のディスカッションでは、『現場を作る』という、会全体に流れる方向性が決まりました。次回は川辺で開催するということですが、どんな話が飛び出すのでしょうか?また是非、次回もお楽しみに!

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